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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(行ツ)68号 判決

大阪市東成区大今里本町二丁目一六三番地

上告人

木林菊夫

右訴訟代理人弁護士

太田全彦

大阪市東成区東小橋二丁目一番七号

被上告人

東成税務署長

山田康司

右指定代理人

山田雅夫

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五四年(行コ)第六〇号青色申告承認取消処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人太田全彦の上告理由について

本件訴えは不適法であるからこれを却下すべきであるとした原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鹽野宜慶 裁判官 木下忠良 裁判官 宮梧一 裁判官 大橋進)

(昭和五五年(行ツ)第六八号 上告人 木林菊夫)

上告代理人太田全彦の上告理由

原判決には上告人の異議申立が国税通則法七七条四項但書に定める正当な理由があるか否かについての審理判断をなさない審理不尽ないしは理由不備の違法がある。

原判決は被上告人が「木林栄」に対して昭和四〇年分以降の所得税の確定申告につき青色申告の承認をなしたものとの前提のもとに、本件青色申告承認取消処分も「木林栄」に対する取消処分であるとし、上告人の異議申立に国税通則法七七条四項但書に定める正当な理由があるか否かの審理判断をなさず控訴を棄却した。右のような認定判断の根拠として原判決は〈1〉「木林栄」が従前から酒類販売の免許を受けて大阪市東成区今里において酒類販売店を営んでいたこと、〈2〉青色申告承認取消処分は取消の対象たる原承認処分の相手方である「木林栄」以外の第三者に対しこれを取消してみても何らその効果を生ぜずそれ自体無意味な処分に帰するから、取消処分の対象も原承認処分の対象と同じ「木林栄」と考えられること、〈3〉刑事裁判における事実の認定(上告人に対する所得税法違反被告事件の刑事判決において、所得の帰属者を上告人として犯罪事実を認定していること)は民事裁判での事実の認定を拘束するものではないこと等を列挙している。右各認定根拠についてそれぞれ以下に検討する。

まず第一に、昭和四〇年分以降の所得税の確定申告につき青色申告承認をうけたのは「木林栄」ではなく「木林栄」名義で上告人が青色申告承認を得たものである。原判決は酒類販売の免許を「木林栄」が取得し同人が営業しているから酒類販売業の事業主は名実とも「木林栄」であり、青色申告承認も事業主である「木林栄」の申告により同人に対してなされたものであると認められるという。酒類販売業による事業所得と飲食営業による事業所得とが区分され、前者については「木林栄」の所得として、又後者については上告人の所得としてそれぞれ申告されているならまさに原判決のいうとおりであるが、そのような申告はなされていない。かつて被上告人は、原告木林栄、被告東成税務署長間の大阪地方裁判所昭和三九年(行ウ)第五五号事件において酒類販売業による事業所得と飲食営業による事業所得はいずれもすべて「木林栄」の事業所得であると主張していたことは被上告人の自認しているところであるが、昭和三八年以降も経営の実態には何らの変更のないまま推移していたところ、被上告人は昭和四四年三月四日付で「木林栄」を名宛人として昭和四〇年一月一日までさかのぼつて青色申告承認取消処分をなすとともに、同日付で昭和四〇年分、同四一年分、同四二年分の「木林栄」名義の右各事業所得の所得税につきいわゆる零更正をなし、更に同日付で上告人について昭和四〇年分、同四一年分、同四二年分の所得税の更正処分をなした。かかる右青色申告承認取消処分及び右各更正処分はいずれも上告人が「木林栄」の名義で酒類販売業並びに飲食業を営み、「木林栄」名義で上告人が所得税の申告をしているものであるという認定判断を前提としているものであるといわなければならず、事実上告人に対する所得税法違反被告事件に対する刑事判決もこのような犯罪事実の認定をなしているのである。つまり飲食営業による所得のみならず酒類販売業による所得も「木林栄」の事業所得ではなく上告人の事業所得としているのである。そう解しないと被上告人が「木林栄」について零更正をなしていることを理解することは出来ない。この点原判決は右各更正処分にもかかわらず「木林栄」には飲食営業による所得があると認定しているがこれは全く誤つた判断であるといわざるを得ない。

以上のとおり飲食営業による所得のみならず、酒類販売業による所得もすべて上告人の所得であるとすれば本件青色申告承認も「木林栄」名義で上告人に対してなされた処分であるとしなければならない。けだし所得のないところにそもそも青色申告承認処分がなされるわけがないからである。原判決は又酒類販売業の免許が「木林栄」で取得されていることから本件青色申告承認は「木林栄」に対してなされた処分であるというが、営業許可を「木林栄」で得ているという一事をもつて直ちに「木林栄」が飲食営業の所得者であると速断できるものではなく、一般に夫婦の生計は同一に営まれ、事業の資金面で共通していることが多いからこのような場合、実質的な事業所得の帰属は、事業の許可名義、事業に従事する形式のみならず事業資金の調達、営業方針の決定がどのようになされたか、何人の収支計算の下において行われたか等の諸事情から総合的に判断すべきであることは多言を要しないところである(最判昭三三・七・二九税資二六号七五九頁、福岡地判昭四九・八・二七税資七六号三四六頁)。

第二に、前述のとおり青色申告承認取消処分が上告人に対してなされた処分であるとすれば本件青色申告承認取消処分も上告人を対象としたものであるから何ら原承認処分の相手方以外の第三者に対して取消処分をなしたことにはならない。

第三に、原判決は刑事裁判の事実認定は民事裁判の事実認定を拘束するものでないという。然し、同一年度の同一の所得について、一方刑事裁判においては夫たる上告人の所得として刑罰を科し、他方民事裁判においては妻たる「木林栄」の所得として認定することができるものであろうか。先きに述べた上告人に対する本件青色申告承認取消処分と同時になされた上告人に対する所得税の更正処分取消請求事件(大阪地方裁判所第七民事部において昭和五四年(行ウ)第八六号~九〇号事件として現に係属中の訴訟)において被上告人は同一年度の同一所得(飲食営業並びに酒類販売業にかかるすべての事業所得)について本件の主張と異なり上告人の所得である旨主張している。所得は一つでありながらそれが何人に帰属するかの判断もかかる如くまちまちであることが容認される筈はないが、このような混乱自体上告人の異議申立が国税通則法七七条四項但書に定める正当理由を具備していることの何よりの証明であるといわなければならないが原判決はこの点についての審理をしていないのである。

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